私は、働きながら大学卒業を目指す社会人学生だ。通信制の大学で学び始めてから一年。計画的とはいえないが、諦めることなく学びを継続できている。
おそらく、私にとって今が、人生で最も「学びたい」意欲が高まっている時期。新しいことを吸収する日々を楽しんでいる。学業は順調だといえるだろう。
過去に一度通学制の大学を辞めてからは、社会人として働いていた。20代後半にしてもう一度学生になることを決めた時、迷いはなかった。「自分のために学びたい」「今度こそ大学を卒業したい」という気持ちがとても強かったからだ。
同年代と比べると…
同年代だったら、今頃はキャリア形成の真っ最中だろう。同級生たちは、みんなフルタイムで働いている。
パートとして働きながら大学で学ぶ私に、「乗り遅れている感覚」が芽生えるのは自然なことだった。
周りのみんなが行き先を決めて走り出しているのに対し、私はまだスタートラインにすら立てていない。
私はまだキャリアを積む前の段階。スタートラインの手前で足踏みすることしかできない。

学びを得て成長を実感しているにも関わらず、なぜかもどかしさを感じる。
これでいいのだろうか?
このままでは一生追いつけないのではないだろうか?
勉強しながら、一人取り残されていく感覚に陥る。
最初に行った大学で上手くいっていれば、どれほど良かったかと思う。とっくの昔に大学を卒業し、社会で活躍できる人たちが羨ましい。
どうして私はこんなにも、周囲に後れを取っているのだろうか。
昔から一歩遅れていた私
昔から、人より一歩遅れて行動するタイプの人間だった。
母によると、幼稚園でダンスを披露する際、周りの子たちの振りをいちいち確認しながら踊っていたらしい。
高校生の時クラスでスマートフォンを持っていないのは私だけだったし、アルバイトを始めたり車の免許を取ったりするのも遅い方だった。
私はどうやら、発進する時に周りをよく確認しないと気が済まない性格のようだ。
私にとっては「今」が準備期間
そんな、人よりも一歩遅れている私だから、人生設計も少し遅れてしまったんだと思う。今起きている出来事は、周囲をよく確認し、慎重に考えた末の結果なんだ。
通学制の大学生だった頃、将来のビジョンが全く見えていなかった。やりたいことや、「自分ならできそう」と思えることがなく、それを見つける方法すらも知らなかった。
社会人学生になった今、たくさんの「やってみたいこと」ができた。文章を書くことが好きだから、今後も言葉や文章に関わりたい。外国語の習得や、校正もやってみたい。
こんな風に変わることができたのは、一度社会に出て働くという経験をしたからだろう。
社会の良いところも悪いところも体感し、自分の中に基準が出来上がったのだと思う。自分の立ち位置や、苦手なこと、得意なことが明らかになってきた。
そして、二度目の大学で順調に学び続けられていることが、大きな自信につながっている。通信制大学への入学は、自信を喪失し無力感に苛まれている自分を変えたい、という目的もあった。
今は、長い人生を歩いていくための土台を作る時期。たとえ遠回りでも、もどかしくても、私にとっては「今」が人生の準備期間だ。
少し遅れてやってきた、花の大学生活を謳歌しよう。これから先の長い長い道のりを、確実に歩いていくために。

